インテリジェントモニタリングシステム

分散型情報技術によるインテリジェントモニタリングシステムの開発

Development of Remote Intelligent Monitoring SystemUsing MEMS and Distributed Information Technology

1.研究の背景
 我が国では戦後の高度経済成長期に多くの社会資本設備への投資を行なってきた.社会資本ストックの多くは建設以来30〜40年の年数を経ているものが多く,老朽化した構造物の維持は社会的な課題となっている.またこれらの構造物への多数の付属物(照明柱や標識柱など)も存在している.膨大な数の構造物や付属物の劣化に伴い,それらに対する効率的なモニタリング手法の開発は急務である.
その一方,近年の電子技術の発達は新しいモニタリングシステムの開発を可能にしている.超微細化工技術の発達により,従来のセンサーより小型・安価なMEMS(Micro Electric Mechanical System)センサーが普及している.また,マイクロプロセッサの応用製品として,1チップで高度な情報処理と制御をこなすマイクロコントローラが出現している.これらを組み合わせることで,インテリジェントなセンサーシステムを,サイズも大きく高価なデータロガーやPC,PC用A/D変換インターフェイスといった機器を組み合わせるよりもずっと小さく,安価に構築することが可能となる.
モニタリングシステムは,センサー部・通信部・解析部より構成される.多数の構造物からより多くの情報を得るために小型センサーを大量配置することはMEMSセンサーの出現により可能となったが,それは同時にセンサーから送出される莫大な量の情報を処理しなければならないことをも意味する.この情報爆発を解決するためには,通信部及び解析部の改良が必要不可欠である.前述の小型化技術により解析部を組み込んだインテリジェントセンサーを作り,標準的な通信手法によるネットワークを構築することで,情報処理コスト及び開発コストを下げることが可能となる.

2.RIMSのコンセプト
 以上の背景の下,本研究で開発したシステム(RIMS)は,センサー部と解析部とをマイクロコントローラを用いて一体化・統合下したインテリジェント構成とし,計測データをそのまま送出するのではなくその場で計算された指標値のみを表示することで情報爆発問題の解決を図った.開発目標としては,
・既存構造物への取付施工が容易となるよう小型化・一体化したパッケージに収めること
・無線通信を利用し低コストに情報の取得を行えること
を目指した.
本研究では計測システムの例として,道路付属物(照明柱)の加速度計測を取り上げた.概念図をFig. 1に示す.


Fig.1 Concept of RIMS

3.RIMSの基本デザイン
 RIMS概略設計に当たっては,基本要素となる加速度計・コントローラ部・通信方式の3つについてそれぞれどのようなものを使用するかの検討を行った.
加速度計にはMEMS製品で電圧を出力するものがあったため,これを採用した.システム全体を統括するコントローラ部としては,当初は携帯用ゲーム機・PDA(携帯情報端末)などの小型情報処理装置の改造も考えていたが,これらの完成品はそれぞれの用途に特化しており仕様上改造しても期待する性能を出すのが難しいことから選択せず,変わりに近年発達の著しい汎用組込用マイクロコントローラ(MCU)を用いることにした.MCUはPICなどの超小型プロセッサ,H8などの制御用プロセッサ,VRなどの汎用小型マイクロコンピュータの3つのカテゴリがあるが,1番目のカテゴリのプロセッサは低機能過ぎてシステム開発に向かないことから,2番目のカテゴリに属するルネサス社H8プロセッサを採用した.
通信方式については,一般的なEIA-232規格に基づくシリアル通信,近年PC用機器によく使われているUSB,汎用的なEthenetについて検討し,帯域・安定性の観点からEthernetを採用することにした.近年では先にあげたPICによるUSBやEthernetのソリューションも出現し,H8プロセッサであればこれらの高機能通信機構でも充分なパフォーマンスをあげることができる1).

4.RIMSハードウェアの実装
 本研究ではセンサー部にマイクロストーン社の3軸ピエゾ抵抗型加速度計MA3を,制御部にルネサス社のH8/3069Fプロセッサを用い,インテリジェント加速度計測を実現した.MA3加速度センサーには計測レンジにより±4g,±10g,±20gの3種の製品があり、それぞれ0~5Vのアナログ電圧を出力する2).今回用いたのは±4gのレンジを持つMA3-04である.H8プロセッサは安価かつ高速処理が特徴であり,A/D変換器を内蔵するなど高機能である.また,外部D-RAMインターフェイスを内蔵しているため2MBの大容量RAMをバッファメモリとして搭載できた3).マイクロコントローラを用いた計測システムでは,ローカルなバッファメモリを置かずに直接センサーからのデータを通信することが多いが,本システムでは大容量メモリを利用してデータを一旦リングバッファに格納し,プロセッサ内での遅延処理を可能としている.センサーからのデータを蓄積処理できることは,得られた波形データを検証するためにも有用な機能であり,本システムの大きな特徴となっている.
 通信部ハードウェアにはEthernetを採用し,従来の計測システムにはない高いスケーラビリティと,無線LANと組み合わせることによる無線通信を可能とした.Ethernetコントローラとしては,マイクロコントローラのI/Oに用意に接続できることから広く用いられているRealtek社のRTL-8019ASを採用した.このコントローラはソフトウェア的にNE2000と互換性があり,多くの動作実績がある.ハードウェア構成をFig. 2に示す.


Fig.2 Hardware diagram

5.RIMSソフトウェアの構成
 RIMSのソフトウェアはH8プロセッサの内蔵ROMに書き込むファームウェアとして開発した.RIMSハードウェアはWebサーバとして動作し,クライアント側の機器とは独立に動作する.開発にはC言語(gcc)を用いた.全体の構成をFig. 3に示す.
通信部上位層には,インターネットの普及により現在もっとも一般的な通信手法となっているTCP/IPとhttpを利用することで,標準的なPC/PDAのブラウザによる高い操作性と,GUI開発コストの削減とを実現した.httpは容易にGUIを実現できる高機能なシステムである一方,プロトコルとしてみるとセッションのない非常に単純な機構であるため,リソースの限られた組み込みシステムとも親和性が高い.
指標値としては,加速度の閾値による度数分布を採用した.つまり,加速度の絶対値を計測し,これらのピークがあらかじめ設定された複数の閾値を越えた回数を表示する.
 RIMSのソフトウェアは加速度計測部とHTTPマネージャ,サーブレット関数群からなる.加速度計測部はMEMS加速度計からの信号を逐次A/D変換し,リングバッファに格納して,指標値計算を行う.HTTPマネージャはWebサーバとして機能する根幹部分で,TCP/IPの状態遷移とhttpの最低限のコマンドを処理し,サーブレット関数を呼び出してレスポンスを作成する.サーブレット関数は表示内容をレスポンスとして組み立てる部分で,ここで初期化・パラメター設定・指標値表示・時刻歴表示といった処理を行う.HTTPマネージャとサーブレット関数とを分離することにより,機能追加が容易に行えるようにしてある.また,リングバッファアクセス部もライブラリとして分離することにより,アプリケーション作成をハードウェアアクセスを含まない抽象レイヤのみで可能となるようにした.


Fig.3 Software diagram

6.実証試験
 現場実験は,レインボーブリッジ下路にある遊歩道ノースルートにある照明柱にて行った.取付施工及びデータ取得の検証を行った.取り付け作業は作業員2人で1時間弱で終了し,高い作業効率が高いことが実証された.また,パッケージ内に組み込まれた無線LANアダプタと,ノートPCに接続した無線LANカードによる無線通信でのデータ取得に成功し,開発目標を達成した.遮蔽物としてガラス戸を通しての通信は不安定であったが,遮蔽物なしの場合数十mの広範囲で安定して通信が可能であった.
以下に取得されたデータを示す.Fig. 4は3軸の加速度時刻歴を,Fig. 5は指標値の18時間の変化を示している.Fig4.からは取付対象構造物(照明柱)の揺れの様子が見て取れ,一方向(このグラフのx軸方向)によく揺れる構造物であることがわかる.また,Fig.5からは,指標値の変化が深夜に減少していることから,この構造物の揺れ回数が交通量の変化に伴い増減していることがわかる.


Fig.4 Observed waveform


Fig.5 Observed indices

7.今後の課題
7-1. ノイズ対策
 RIMS開発時にはいくつかの計測ノイズ問題に悩まされた.まず,通信時に発生する計測ノイズがある.通信は本システム中もっとも大きな消費電力を必要とする部分であり,通信が発生した際にグランドを伝わって大きなノイズがA/D変換機に入力されてしまうことがわかった.通常テレメトリ装置ではローカル側にメモリをおかず,計測データを逐次通信で外に出す設計が多いが,RIMSは大容量バッファメモリを搭載しているため,現状では通信なしにローカル側で計測を行い,まとめてデータ通信を行うことにより通信ノイズ問題を避けている.根本的対策としては,高周波ディジタル回路と同一ウエハー上にならんでいるMCU内蔵A/D変換機を使用しているために避けられない問題となっているのであり,A/D変換機をMCUとは別基板としグランドを強化することで対処できるものと考えている.内蔵A/D変換機は精度10bit誤差±2LSBと充分な制度でないこともあり,外部A/D変換機を用いることはこの点でも望ましい.
 また,運用時にはすぐそばを通るAC電源に由来すると思われる外部ノイズを拾ってしまう現象が観測された.現状では内蔵ソフトウェアにディジタルフィルタを組み込むことで対処しているが,シールドなどの対策が必要であると考えられる.

7-2. 電源
 エネルギー源は装置の性能を決めるもっとも根本的部分である.ノイズの少ない計測には,安定した電源が必要不可欠であり,電源設計はこのシステムでも最重要ポイントであると考えられる.本システム開発時にはスイッチング電源を使用したが,このタイプの電源装置は大きなノイズ減となるため装置側に二次的安定装置が必要であることが分かった.現在は三端子レギュレータを用いているが,将来的にはDC-DCコンバータを用いて再設計を行う予定である.
 現場実験では鉛蓄電池を用いたので,電源に由来するノイズ問題はほとんどなかった.鉛電池の問題点は,過放電のまま放置しておくと二次電池としての性能が低下するなど扱いにくい点である.消費電力量を切り下げることにより,小型情報機器では一般的なNiCd電池やリチウムイオン電池による長時間動作も可能となると思われる.また,太陽電池と二次電池との組み合わせによる半永久的運用も検討中している.これらの前提として,電源を制御することによりトータルの消費電力を減らす(1時間中10分のみ稼動,など)ことも考えている.

7-3. 通信性能とOS性能
 今回はプロトタイプとして有線Ethernetと簡易OSの組み合わせによりシステム開発を行ったため,機能に制限が生じている.
無線化のためにEthernetコントローラと市販の無線LANステーションを直結する方法を取ったのだが,本体が5V100mAと低消費電力を実現したのに対し無線LANステーションが2Aも消費してしまいトータル消費電力を引き上げる結果となった.RIMS基板内に低消費電力な無線Ethernetコントローラを実装することによりこの問題を解消する予定である.
 OSとして利用したH8/OSは実時間OSではなくマルチタスクのサポートもないため,インターバルタイマによる擬似マルチタスクにより,通信と計測・計算が非同期に行われるRIMSの基本機能を実現している.高精度な計測の実現には実時間OSの採用が必要である.またH8/OSはサーバとして実装するには充分な機能をもっているが,センサーネットワークとして動作させるためにはクライアントとして利用可能な,より高機能なOSが必要であることが分かった.

8.まとめ
 ここで開発されたRIMSが小型の計測システムとして有用であること,一般的なPCにより無線でデータ取得可能であるため低コストに運用できることが実証された.普遍的なTCP/IP技術によるセンサーネットワークは汎用性が高くこの分野の標準となるものと考えられる.
 ただし,実用化のためにはバッテリーなどの問題があり,さらにシステムの改善を行っていきたい.

参考文献
1)三岩幸夫『H8/3067Fマイコンボードの設計&製作』トランジスタ技術,2001年9月号,CQ出版
2)マイクロストーン『MA3データシート』,マイクロストーン
3)日立製作所『H8/3069 F-ZTATハードウェアマニュアル』

(Aug. 2003)


e-mail:shig@esprix.net

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